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スイッチ

 ある新聞社主催の講演会に講師として出かけた。100人以上の女性達を前に「自分を楽にする心のプチリセット」という演題で話した。「心が疲れるわけ」「下手な心の守り方が起こす次のトラブル」「プチリセット方法」など日常の例を織り交ぜて話した。      

しかし、せっかくリセットしようと思っても私の話を聞いてもらっただけではできない。

講演終了15分前に、初めての試みだったがカウンセリングに使うNLPのアンカーというスキルを使って私が一度に全員を誘導した。これは、自分の内界に意識を向け、欲しい自分にアクセスし、それをいつでも引き出せるように体にスイッチをつける作業である。これはやってみるとなかなか楽しい作業で、うつ症状で来られるクライエントにもよく使って喜ばれている。

 講演終了後、何人かの人が「スイッチできましたよ」と明るい顔で声をかけ帰って行った。そのうち一人の上品な老婦人がこのように言われた。

「年をとり、杖をつき、今のこと、これからのことを考えると微笑むこともなかったのよ。今のワークをしているうちに昔はよく歌を歌って楽しんでいたのだということを思い出したの。そういえばあんな私がいたんだわ。」

私の知らない多くの人生経験をされてきた人が、一番前に座って私の誘導に心をゆだねてくれていた。

私は、「体験は過去のことだがそこから得た力は今も心の中にある」というメッセージをことあるごとに伝えてきた。人生を生き抜くには成功、失敗に限らずそれらの貴重な体験から得たパワーをいつ、どのように使うかが大切である。つまりそれが自分を効果的に使う方法である。

場所を変えた翌週の講演会は夜だった。しかし、彼女は杖をつきながら来てくれた。前回と同じように一番前に座って話を聞いていた。私は豊かな力を与えられた。もうひとつ私にもスイッチができた。

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信頼の中味

 先日、ある若い管理職と話をした。彼は上層部から指導という名の攻撃を受け、心身ともに疲れ果てていたが転勤になり気持ちが楽になったという。新しい職場では多くの部下たちに信頼され、これからの彼の仕事振りに熱い期待が寄せられているらしい。彼は嬉しそうな顔で「どう思う?」と尋ねた。

「それはよかった」と私は言った。そして今度は私が尋ねた。

「そのことで考えられる困難は何だと思うか?」

「忙しくなるだろう」と笑った。そして顔が曇った。

 彼はわかったのだ。

特定の人にバッシングを受けているときはまだいい。なぜなら不当な攻撃ならそれをかわしたり対抗する術を学べる。また、理にかなったことなら自分の行動変容の選択肢を学べる。

 しかし、多くの人たちからの「信頼」という名に隠れた期待は恐い。それに外れる行動は「不信」というレッテルを貼られる。人によって期待の中身が違うので彼らの信頼に応えようとすればするほど深みにはまっていく。

「あの人はやってくれるだろうと思ったのに見当違いだった」

「信頼していたのに何を考えているのかわからない。他の管理職と変わらん」

「特定の人にだけいい顔をしている」などと自分たちの期待通りに動かなかったことで失望を感じる。

「あの人のことだから何か考えがあるのだろう」と言える人は少ない。

 人の期待とはいろいろである。個人的な損得を要望する人から組織の活性化を望む人まである。自分の軸を持たないと次に訪れるのは恐ろしい集団の冷たいパワハラである。リーダーは孤独になることも覚悟しなければならない。

 別れ際に彼に私の好きなことばを伝えた。

「成功の秘訣が何か知らないが失敗の秘訣ならわかる。それは全員を満足させようとすることだ。」 ビル・コスビー

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こころを込める方法

 あるピアニストの話である。彼女の両親は彼女が生まれる前から「子どもができたらピアニストにしよう」と決めていた。彼女が生まれると予定通りピアニストに向けての特訓が始まった。小学校時代、体育はできるだけ見学で、遠足、修学旅行などは「そんな暇があったらピアノの練習をしろ」と言われ続けた。

 両親の希望かなって彼女はりっぱなピアニストに向けての道を進みだした。

 ところが彼女が20代の頃、父が病いに倒れた。亡くなる数日前、彼女は子どもの頃から尋ねたくても尋ねられなかった質問を「このときしかない」と思い、父の枕元で訊いた。

「お父さん、ピアノをやめてもいい?」

 父は答えた。

「そうだったのか。知らなかった。でもそんなに止めたかったらやめてもいいよ」

 その後、30年して舞台の上で彼女はこう語った。

「あのことばを聞いてから、私は本当にピアノが好きになりました。」 

 もう一人のピアニストも似たような生い立ちで、似たような思いに駆られながらピアノを弾き続け40歳を超えた。

 友人に誘われて、ある講演会に出かけた。講演の中で講師は野口雨情の「シャボン玉」を取り上げた。「シャボン玉とんだ。屋根までとんだ…」という歌である。雨情の「シャボン玉」は子どものことだそうだ。彼の長女はわずか7日で亡くなった。失われたもの、失われゆくものへの思いが込められている詩だという話だった。彼女は感動した。

 その夜、夫に語った。「今まで『シャボン玉』を何度も弾いてきたけどこんな歌だとは思わなかった。私は何を学んできたんだろう。」

 

 この2人のピアニストは大きな学びを与えてくれている。

ひとつは、「人は行動や成果に課される条件付けの愛では成長できない」ということだ。自分の存在に対する無条件の愛や承認が人を育てるのだ。

 ふたつめは、前回の話同様、「やらされていると感じる人生は苦痛と被害者意識に支配される」ということだ。自律的、つまり自分の意志で選択したと納得できて初めて、私たちは選択したひとつ一つのことにこころを込めることができる。それが人生を楽しむということなのだ。

 人は、昨日の夕食のことを思い出しながら明日の仕事の計画は立てられない。脳はとても素直なので一つのことしかできないのだ。「やらされている」と感じながら自分の望む生き方を探すことは難しい。

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Good luck!

東京に研修で来ているサンタフェの恩師からメールが届いた。「HPを見たよ。Good luck!」というものだった。驚きと同時に感謝の念がこみ上げてきた。毎日研修で多くの受講生を相手に忙しい日々を送っている彼からのメールは「つながっていたのだ」という実感を与えてくれた。

それと同時にもうひとりの恩師のことを思い出した。

 10年以上前の震災で、私の家では被災した身内や犬猫たちをかかえ毎日片道4時間かけて職場と買出しに明け暮れていた。あの頃は明日のことなどわからず、ただ助け合って生きていくことと仕事上の責任を果たすことで精一杯だった。今日の食べ物はあるか、みんなは元気かということだけが共通の話題だった。不思議に悲壮感はなかった。感じる暇も無いというのが現実だった。

 そんなある日1本の電話があった。それは私が卒業した地方の高校の校長先生からだった。「大丈夫か。心配している」というメッセージだった。彼女はスペイン人のカトリック信者で私が卒業した数年後、フィリピンに行かれ難民支援に携わった。遠距離と多忙のため同窓会も行ったことがなかったし私の中では「過去の人」であった。残念なことに私は留守だったため直接話すことはできなかったが「つながっていたのだ」という感激でその夜は涙が止まらなかった。   

 同じ頃もう1本の電話があった。十数年前に私のうちでホームステイをしていたカナダの人だった。受話器の向こうで早口でしゃべり続けている彼女の英語はよく分からなかったが電話で私の声を聞き無事を喜んでくれていることだけは分かった。

 人というのはありがたい。「つながっているのだ」と心から思える喜びは深い。人生で彼らに出会えてよかった。そして、私もそんな人になりたいと痛感した。しかし、誰にでもできるものではない。意識のある人だけがとれる行動なのだろう。

 この意識は「意識しておかなければならぬ」という義務感ではない。それは長続きしない。私の人生でこの感動と学びを与えてくれた彼らの「意識」は「愛」に裏打ちされた行動なのだ。

 私は昨夜、「彼らに幸あれ」と天に祈った。

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二組の夫婦

 心理学でかごの中のねずみが、どのくらい回し車の中を走り続けるかという実験がある。なんと1日に8キロも走るのである。そこで人間がその輪を回してやるとどうなるか。ねずみは2キロでダウンする。

 このことから「される」行動よりも自ら「する」行動のほうがよりたくさんのことができるとわかったそうだ。

 ここに二組の夫婦がいる。仮にA夫妻とB夫妻と呼ぼう。 結婚後Aの夫が妻に言った。「もし、どうしても仕事がいやになったら辞めてもいいか?」

妻は言った。「これから子育てやマイホームと計画がいっぱいあるのにそんなことは言わないで」

 Bも同じように夫が妻に言った。「もしどうしても仕事がいやになったら辞めてもいいか?」

Bの妻は言った。「そんなにいやなら、辞めてもいいよ。そのときは早めに言ってね」。

 それから30年後、Aの夫は管理職まで上り詰めたが心身症でカウンセリングと医者に通いながら妻を恨み会社を憎み自分の歩んだ人生を悔やんだ。

一方、あれだけ仕事を嫌がっていたBの夫はもうすぐ元気に退職年齢を迎え、第二の人生を楽しむ計画で妻との話に花が咲く。「あのときの妻の一言で肩から力がふっと抜けました」と言った。

 私はこの話で「辞めたかったらいつでも辞めて良いよ」と言ったBの妻を正しいといっているのではない。夫は妻のことばをきっかけにしただけなのだ。彼はこのきっかけで「自分の意志で辞めることも続けることもできるのだ」という主体的な発想を手に入れサラリーマン生活を全うできたのだ。

 私たちが社会生活を送る上で「やらされている」という思いになることは何度もあるだろう。ただ、その中で「これは自分が選んだのだ。相手の言い分に同意して何も言わなかったのも自分の選択なのだ」と心から思えることが増えれば随分楽になるだろう。なぜ、楽になるか。それは自分も相手も責めない考え方に通じるからだ。

自己責任とは、このような何気ない毎日の選択に現われる。そして、自分の人生に責任を取りながら生きることは多くの重みから解放されるのだ。

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