母の背中
母は83歳である。昨年肺にガンができていると言われ一緒に暮らすことになった。本人は「もうこの年ですから手術は結構です」と医者にはっきり言ったのだが「一度手術をするだけで治るから」と説得された。術後の経過も良く退院したのも束の間、脳に転移が認められた。これも「簡単な手術だから大丈夫」と医者に勧められた。ガンマーナイフといって脳に放射線を集中的に当てるのだが、麻酔もなく次の日に退院した。
しかし、その後、腰に転移があり秋には歩けなくなった。担当医は「モグラたたきの状態です。治療は続けますがホスピスをお勧めします。ただ、一つだけチャンスがあります」と言った。イレッサという薬で、ある条件を満たした人には3割の確率で効くという。ただし、間質性肺炎という恐ろしい副作用の覚悟も必要だといった。 母は「ここまで来たらやってみます。副作用が出たら出たときのことです。ただ、苦しい治療だけは嫌です」と放射線や抗ガン剤は断った。
その後、座ることさえも苦痛で車いすでの移動も短時間しかできなかった。薬を飲みながらベッドの上で足を伸ばしたり持ち上げたりと運動しそのたびに痛みで顔をしかめた。それは、一日一回どころではない。暇さえあれば「いたた」と言いながら動かしている。私が「無理をするな」と言っても「良くなったときに歩けなかったら意味がないでしょ?」と言った。そのころの私はここまでして結果が出なかったことを考えるとそう言い張っている母を見ているのが辛かった。
あれから半年、奇跡が起きた。年明けから腫瘍マーカーの値が激減したのだ。それにつれて歩行器で少しずつ歩けるようにもなった。私が帰ると「今日は三軒先の家まで行けた」「今日は20メートル先の公園に行けた」と誇らしげに報告してくれた。そして、「ほらね。治ったでしょ?」と笑う。
今では電車に乗って友達に会いに行く。一度は全部捨てた外出着をまた買いだした。
ここ二年ばかりの母の生き方は「最後まで親から学べ」と言われているような気がする。
最近の母の短歌である。
終の家と迎えられにしあけくれに返り咲きたる老いの日忙し 現実には目見えぬ人と声のなき語らいのあり老いの夢たのし
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