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死の主役

先日カウンセラー養成講座で、アドベンチスト病院院長の山形先生にホスピス医療の立場から「安らかな生と死を求めて」という演題でお話してもらった。それをここで紹介したい。

 医療現場で患者と向き合うために「ガンの告知」は欠かせない。

患者と医療者はよい人間関係を築かなければならない。秘密やうそが根底にあっては人は歩み寄れないのだ。真実を基にして患者が自分の生き方・最期の迎え方を決断し、家族と本音で話し、医療者はそれをサポートする、そんな医療が日本でもなされているのだ。この病院では、医療者が患者の不安に耳を傾け、告知を躊躇する家族に寄り添い、説得し、告知による患者のショックより安心感と信頼感を生み出すまで懸命にサポートしてくれる。

父がガンで入院したとき、母は告知を断った。そのときの医者は、「お好きなようにしてください。しかし、来年のお盆まで生きていらしたら私はびっくりしますね」といった。その後、母は「お父さんに初めて秘密ができた。でもいえない」と泣いた。そのとき母を説得できる人は誰もいなかった。

 また、多くの患者が苦しむトータルペインとは、4つあると先生は語られた。

1 痛み、全身倦怠感、呼吸の苦しさなど、身体的苦痛

2 孤独、不安、恐怖、うつ状態、不眠などによる精神的苦痛 

3 経済的な問題、職業、家庭の問題など、社会的苦痛

4 人生の意味、生きがい、希望の喪失による実存的苦痛

 これらを医療従事者とともに本音で語れる場がホスピス医療である。

 死の主役はだれか?ということをしっかり理解した人たちがこの病院にはいる。

山形先生はいう。「日本の多くの病院で痛みのケアは『痛くなったら薬を飲んでください』といわれます。しかし、患者さんはそのために『いつ痛みに襲われるのだろうか』と不安な毎日を送らなければなりません。それこそが患者さんをますます不安にさせているのです。痛くなくても薬を飲む、そして痛みを恐れなくてもいい毎日が患者さんを自分らしく最期まで生きようという気持ちにさせるのです。そのように安心できる薬の使い方を医療関係者にはもっと学んでほしいと思います。」先生の言葉は熱かった。

 次は、Robert Twycross氏のヨーロッパ緩和医学会での基調講演の一部である。

「治癒されて死ぬことはできませんが、癒されて死ぬことはできるのです。癒されるということは自分自身と、他者、自分を取り巻くもの、そして神との正しい関係を回復することなのです。

 重要なのは癒しの目標が、治ることや生き延びることではなく、完成させることであると理解することです。

 癒されて死ぬことは、次の重要な言葉を表現することを含んでいます。

I love you; forgive me; I forgive you, thank you; goodbye

 次の日、朝日新聞の第1面に「がん痛み 緩和へ本腰」という題で、厚労省がモルヒネ使用など、医師への研修を積極的に開く、と出ていた。

 これは偶然ではなく必然的な動きなのだと実感した。

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