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アンカー再び

021222  随分前にカウンセリングを終了し、元気に新たな人生へ旅立った人がいた。人生では数少ない喜びの別れである。そのときの決意を胸にした顔が忘れられなかった。その後、順調に暮らしていると思っていた。

 その彼女から電話が入った。あれから離婚や親しい人との死別という大きな苦難を背負い、生きる方向を見失っているという。

「カウンセリングをお願いします」といった。

「苦労していたんだね」と答えた。

次の日、彼女からメールが来ていた。

「声を聞いたら生きる力がわいてきた。もう少し頑張ってみます」とあった。

 

 NLPではその人が欲しいときに欲しい力を自分のうちから引き出すスイッチのようなものを「アンカー」という。カウンセリングではそのスキルで自分にぴったりのアンカーを見つける作業をする。ある人は中学のころにやっていた陸上でスタートする瞬間を思い出すことがアンカーだ。それで心地よい緊張感が体にあふれるという。また、ある人は、若いころによく聴いた音楽であのころの活き活きとした自分を思い出す。

 彼女は私の声をアンカーにしてくれていた。

「ありがとう。私の声が役に立つなら、いつでも電話しておいで」と答えた。

 人は人生を自分の足で歩かなければならない。誰も代わることはできない。そのとき声援を送ってくれる人がいるか、自分の力を引き出すアンカーをどれくらい持っているかで苦労の質が決まる。

 神戸ではルミナリエが明日で終わる。あの光の回廊は震災で亡くなった多くの人への追悼の意を思い出させるアンカーである。美しいとともに哀しい。

彼女を含め一生懸命生きている隣人たちに、これからも共に力づけあえますようにという思いがよみがえった。

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ブックサーフィン

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カウンセリングの学びをし始めた頃、ある先生に「この世界に入ったら一生学びだぞ」といわれた。「一生でも学びきれんなあ」と思いながら今も学び続けている。その関係で本を読むことが多い。一冊の本を読むと、その中で興味を持った箇所を詳しく知りたいためにその関連の書物を買う。いわゆるブックサーフィンである。

最近読むジャンルは「シェルドレイクの仮説」に関するものだ。宮崎県の幸島に住む一匹のサルがお芋洗いをはじめ、それを他のサルたちがモデリングしその後多くのサルたちがお芋を海水で洗って食べる。このシーンはテレビでもよく見た。

ところがお芋を洗うサルがある臨界値を超えると、かれらとは何の接触もない大分県の高崎山のサルたちがお芋を洗い出したということである。このことは世界の専門家を驚かせた。そしてそれはサルにとどまらず鳥や蟻にも見られるそうである。

グリセリンも似たようなことが起こった。以前グリセリンは結晶化しなかったらしい。ところがウイーンで液体のグリセリンをトラックで運んでいる途中結晶化していた。そしてその頃、はるかカナダの研究所のグリセリンが結晶化した。

「遺伝」という科学の常識に当てはまらないこれらの現象は、それより前にシェルドレイクが「場の共鳴」という仮説を打ちたてていた。これらの立証は専門家に任せよう。

以前、ある研修会でF先生が「人と付き合う場合、マイナス思考の人は気を付けなさい」といわれた。それは他者に「うつる」からだそうだ。「シェルドレイクの仮説」に立てばこれはうなずける。私たちの思考・感情・気分は周囲に影響を与え、関係のない人まで巻き込んでしまう恐れがある。

また、悪い情報はよい情報の2倍つたわるというデータもある。つまり、多くの人間は他人の悪口はよい話より2倍の人に話すということだ。

人は落ち込むと「自分には何の力もない」「わたしは生きる価値があるのだろうか」と悩むことがあるだろう。価値は大ありである。落ち込んでいる今そのときも、早く自分を取り戻すことにより周囲に価値を与え続けることができるのだ。

ウソ発見器の検査官であるバックスターは、あるとき観葉植物のドラセナにこの電極を取り付けた。葉をコーヒーカップにつけたときグラフはあまり反応しなかった。ところが火をつけてみようと思った瞬間、強い反応がグラフに示された。そして、焼く振りをしたときは反応が皆無だった。植物は分かっているのだ。

私たちは日常の生活に明け暮れ周囲の人や仕事の成果だけを見ていると、人間として大切なことに気づかないかもしれない。そして、「知識がない」ということも多くの過ちの原因になるだろう。

家の玄関にあるスパシフィラムとベンジャミンに「今までごめんね」と謝った。

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